2009年10月20日火曜日

お便り-堀田あおいさん(V96卒)

堀田様よりお便りが届きました。私が入学した時に、堀田先輩は大学3年生でして、1229教室の前で頻繁に、かつ、濃厚に遊んでもらいました。彼女はホーチミンで仕事&生活していた時があり、私が旅行した際には黄色いバインセオが絶対に食べたい!とのリクエストに応じ、バイクの後部に乗せてもらった日々が、すでにヒストリーとなっています。

さて、その堀田様よりベトナムフェスタ訪問記が寄せられました。既に、越南ネッ9月号でも紹介していますが、V97卒のベトケンが進行役務めるイベントでして、彼女のレポートによると、今年も多くのベトOBOGが集い、賑やかなフェスタとなった模様です。

堀田さんよりお便りと写真を頂いた後で、「You tube とかで、ベトフェス映像をアップしている奴いるだろ?」と期待し、編集部総力を結集してネットサーフィンしました。すると、いい映像を発掘したので、皆さんも、堀田さんからのお便りに加え、You tube映像にてリアリティーを感じて頂けましたら幸いです。

Youtueベトフェスリンク⇒⇒⇒ 
(注)映像はトルンで "コンドルは飛んでいく♪" を弾く小栗さんの演奏5分03秒です。突然、326秒辺りで堀田さんが顔を出します。スーパーマリオで言うところの隠れキャラの価値です。堀田さんは、越南ネット9月号でのどなたか「越南ネット後援会」の垂れ幕をご準備いただき、前日より泊り込みし、最前列をキープして応援いただける方を募集しています。 」を忠実に守ってくれたと想定されます。編集部は、こーゆーのを見逃しません!(文責.竹山正人)


<取材記-堀田あおいさん(V96卒)>

←写真:ベトケンファミリー。奥様もお子さ2人もベトケンを応援!

越南ネットをご覧の皆様、こんにちは。96年卒の堀田あおいです。私は、越南ネットにたびたび登場しているベトケンの同期でして、今回はベトケンがベトナムフェスティバルの運営委員という重大な役を務めると聞いたので、同期としてこれは見過ごせないと思い、秋晴れのシルバーウィークの中、行って参りました。

昨年のベトナムフェスティバルは日越外交関係樹立35周年記念ということで盛大に行われ、来場者数も15万人という大盛況のイベントでした。今年は昨年ほどの規模ではないということですが、10万人の来場者を目標としていることもあり、すでに初日午前中から大混雑。

ベトケンとの挨拶もそこそこに、もう、ベトナムフェスティバルといえばやはりベトナム料理!会場から立ち込めるヌックマムの魅惑的な香りに先ほどからやられっぱなしです。では、さっそくいただきます!
 
 ↓生春巻き                           ↓海老のニンニク揚げ
                        ↑焼き塩豚のPho           



←写真:冨野玲子さん

外大ベトナム語科出身の方々が素晴らしい活躍をしていました。96年卒の冨野玲子さんです。英国IFPA定のアロマセラピストであり、インドネシア、タイなどでもセラピストの資格を取得しています。今回はベトナム式フェイシャル「フェイシャル カオヨー」と「顔のリフレクソロジー」を実施していました。大変な人気で私が行ったときはすでに予約がいっぱい!皆さん気持ち良さそうに癒されていました。冨野さんは表参道でセラピストの養成スクールを開いています。詳細URL⇒⇒⇒



トルン演奏家の02年卒の小栗久美子さん
:写真

流暢なベトナム語の挨拶に会場から「おぉーっ!」という歓声が上がっていました。小栗さんの美しい演奏に惹き込まれ、会場は満員でした。


私がベトナム語科の学生だった頃は、ベトナムはマイナーな東南アジアの一国で、ベトナム戦争というイメージしかなく、ベトナム語を勉強している私は周りから変わり者扱いされていました。しかし、いつの間にか海外旅行の人気国になり、今ではベトナム料理店が街中に増え、デパートの地下食料品売り場では生春巻きが売られ、ライスペーパーは普通のスーパーでいつでも手に入る食材となりました。ベトナムフェスティバルの盛況を見てみても、当時は想像もできなかったくらい本当にメジャーな国になったなぁと感動してしまいました。日本にこんなにベトナムのファンがいて大変嬉しく思う2日間でした。

ベトナムフェスティバルで活躍されたベトケン、富野さん、小栗さん、その他の皆様、本当にお疲れさまでした。また来年も楽しいフェスティバルが開催されることを期待しています。

ベトケンと筆者と友人の子供。まるで偽装家族のよう(笑):写真→




2009年9月3日木曜日

お便り-宇根祥夫さん(V68卒)


写真:ハノイでの日本まつりでのショット(200811 with ミーリンさん(歌手))

宇根先生よりお便り届きました!お元気の様子でなによりです。元気があれば、なんでも出来ますから・・・。実は、今年の3月頃に、宇根先生に越南ネットへの寄稿をお願いした際、体調を崩されていて心配した事を思い出します。でも、お便りの内容から安心しました。現在は、府中の警察大学の教壇にて活躍されています。この警察大学のカリキュラムは、先生からのお便りにも書かれていますが、スバ抜けています。凄いっす。想像するに、(私の想像の範囲も、自分の経験知より想像する為、かなり狭く浅いですが・・・)、社会人生徒を相手に、しかも、上級幹部にも教えるであろうから授業は真剣モードだと思われます。「先生!隣の東京外大ベト科と合コンをセッティングして頂けないでしょうか?」とは皆無だと思われます。今後も、楽しいお便りお待ちしております!(文責.竹山 正人)


<宇根先生からのお便り>

昨年3月には盛大な送別会を開催していただきました。事務局の皆様をはじめ皆々様に心から感謝致します。あのような送別会をしてもらえるのは大学教官ぐらいなものだと想います。淡々と34年間勤め上げることができたことを幸せに想っております。

退職後は警察大学の語学研修で相変わらずベトナム語を教え続けています。また、昨秋には2ヶ月間ハノイ国家大学で日本語教授のお手伝いをしてきました。今年2月に高血圧から大量出血しましたが、幸い鼻から外に出たために特に大事に至ることなく、その後の諸検査もパスし、現在は降圧剤で元気にしております。

現在、高校野球が行われていますが、私は小学校3年の時から一人で甲子園に行っていました。家から約2時間かかるのですが、おにぎりを作ってもらい電車賃と飲物代をもらって丸一日野球を観ていました。話変わりますが、実は私小学生の時、結構どもっていました。ところが、不思議なことに中学生になって英語を勉強するようになり、根が単純で素直なもので(本当ですよ)暗記したりしていい成績をとっている内にいつの間にかどもりは治っていました。団塊世代で中学時代は一学年900人位いました。中2の秋までは成績は大体150番前後でした。で、その秋になぜか必死に勉強したら何番位になれるのかと思い、頑張った結果15番に急上昇しました。また、中2のある時期に雑誌に「男はめったなことで笑うんじゃない」と書いてあるのを読んで、2-3ヶ月みんなが大笑いしている時にも一人ぶすっとしていました。(変なヤツです)
3人兄弟の末っ子で兄2人が理工系だったし、英語が好きだったもので、一人位文科系がいてもいいだろうと決めました。神戸市外国語大学の英米科を受験しましたが、意に反して不合格。かなりへこみましたが、翌年東京外国語大学のタイ語科に入学。でも、入学したらいきなりベトナム語が開設されその一期生となりました。翻ってみると、神外大不合格、オリンピックのため東京への針路変更、そして偶然なベトナム語開設と全てがベトナム、ベトナム語に通じていたように想われます。縁ですかね。神外大に合格していたら全く違った人生になっていたし、みなさんと会うこともなかったと思うと感慨深いものがあります。
警大の語学研修は今年はI課程とII課程があり、週2回教えております。学生は8人と9人です。私以外にベトナム人が5人います。驚くのは研修の時間数です。週5日、一日6時間で年間1050時間位、2年間で2100時間以上の多さです。内容も充実していて、一年目で基礎から中級レベルまで、2年目は警察関連の実務を中心に学習しています。ちなみに、ハノイ国家大学では週5日、一日4時間位専攻語の授業があります。年間650700時間位で、しかも3、4年生でも同じくらいの授業時間数があります。語学の殿堂である東外大の場合はというと、専攻語でもベトナム語の場合週7.5時間で年間225時間位でしょうか。しかも、専攻語の授業は1,2年の時が中心で、後期になるとかなり少なくなっています。変ですよね。いつも違和感を覚えております。いろいろと規定があって仕方ないのでしょうが。
どこで教えても同じことは、良質の基本を身につけた人は250時間位勉強すると学力が急上昇します。良質の基本というのは個々の事項をバラバラに知っているだけでなく、総合的に立体的に活かすことができるということです。その上で良質の文章をある程度大量に読んでいくとベトナム語感覚が身につくわけです。仕事でも同じでしょうが、語学でも一定の壁を越えていろいろと分かってくると面白くなってくるものです。
みなさんの中にはベトナム語の面白さを感ずることなく卒業された人もいるかと思いますが、それはある意味私の、また、時間数の少ない外大のせいかもしれません。
Xin loi! va Cam on!! va Tam biet!! Hen gap lai!



今年も代々木が燃え上がる ベトフェス2009!


シンチャオ!ベトナムフェスティバルの御案内です。昨年に引き続き、当然、今年も代々木公園にて2日間に及ぶ熱いイベントが開催されます。昨年は、福井の三村夏代さん(V01卒)がボランティアで参加されたことを越南ネットでも紹介しました。今井先生をはじめ、チェイン先生、ハノイの小林君も登場しましたよね。今年は、謎のMr.ベトケンがベトフェスの運営進行役として、全体のイベント企画を仕切ります。ありえるかもしれないけど、またまた、大袈裟じゃないの?って言うじゃない。いいえ、是非とも、次のベトフェス公式URLより、運営進行 = VIETKEN (ベトナム愛好家) を探してください。運営組織URL⇒⇒⇒ 見た?でしょ? さすがだね。


シンチャオ!ベトナムフェスティバル2009
日時 : 2009919日(土)&20日(日)
場所 : 代々木公園

御承知の方も多いですが、会場では、飲食店ブース、物販店ブーツがギッシリ立ち並び、ベトナム一色に染まります。また、2日間にわたり、豪華アーティストも登場します。サンプラザ中野くんも登場するのですが、そのアーティスト達に混ざり、ベト科卒の小栗久美子さん(V02卒)も演台に参上します。今回の彼女は、トルン(ベトナム竹琴)を引っ提げ、ウッドベースとパーカッションの異色のトリオとして演奏されます。必見です。


小栗久美子トルントリオの演奏時間
日時 : 920日(日) 15:3016:00
どなたか「越南ネット後援会」の垂れ幕をご準備いただき、前日より泊り込みし、最前列をキープして応援いただける方を募集しています。有志は竹山まで御連絡下さい。


では、ENJOY ベトフェス2009!今年は、どんなドラマが待ち受けているのか!



お便り-小栗久美子さん(V02卒)


楽しいそうな写真だよね。自分に音楽センスがないから凄く憧れる部分があります。楽器の街(浜松市)で生まれ育った私としては、ある程度は音楽に接する機会はあったのです。幼少時代には、ヤマハ音楽教室みたいなクラスに通っていた事もありました。その頃から自分に音楽センスがないことは承知しており、親はオルガンを弾く息子の姿を愛らしく思うのかもしれませんが、集団授業についていけない竹山少年のとった手段は、オルガンの電源を入れずに弾いている振りをしていました。エアーオルガンの走りです。それとほぼ同時期に、その教室には通わなくなりました。まぁ、そんな私の小話は置いておいて下さい!さて、宇根先生の府中退官式にも演奏して頂いた小栗さんの音楽活動が活発になってきました。NHK Radio Japan での取材もありましたし、今年のベトナムフェスタでも演奏されます。また、♪丁度、一年前にぃ~♪、日本トルン協会(HP⇒⇒⇒)も立ち上げています。そんな我らの小栗さんが近々、ライブ開催するそうで告知含めたお便りを頂きました。「小栗さん、CD出して!カッセトでもいいから!」 越南ネットは、小栗久美子を応援します!(文責.竹山正人)

<小栗久美子さんからのお便り>

104()18時~、横浜赤レンガ倉庫一号館にて、「トルン&マリンバトリオライブ」を開催致します。


皆様こんにちは!98年入学の小栗久美子と申します。私は音楽家であった母の影響で、小さい頃から音楽に触れて育ちました。中学生にあがるころからマリンバという音階打楽器を習っていたこともあり、大学入学後に出会ったベトナムの竹製打楽器“トルン”に惹かれ、春休みを使って三週間、その後大学院に進学し、トルンの演奏技術やその歴史を学ぶべく、一年間ベトナムへ留学しました。大学でも、川口先生の講演会や宇根先生の御退官パーティーで演奏させて頂いたことがあります。そして現在も、地元の横浜や都内を中心に演奏活動を続けております。

今回記事を載せて下さるとのご機会を頂きましたので、僭越ながら、自身の活動とライブのお知らせをさせて頂きます!

ベトナムの民族楽器であるトルンは元来、ベトナムの中部高原地帯(タイグエン)において、そこに住む少数民族の生活と密接に関わりあい、生まれた楽器のひとつでした。その後彼らの生活の変化とともに、そういった楽器の存在意義が希薄になり、タイグエンの音楽文化の衰退が危惧される一方で、トルンは音楽を楽しむための楽器として新たな役割を見出し、楽器としての改良研究など、都市部の音楽家の尽力により全国的に知られる楽器として発展しました。

しかし近年のベトナムにおいて、伝統音楽というジャンルは、ロックやポップといった音楽の勢いに押され、伝統的な音楽やその楽器文化についての関心も薄く、マイナーなイメージが進んでいます。私の師匠を始め、そのような状況を嘆く先生方をみていて、外国人のトルン奏者という立場であるからこそ、何か出来ることがあるのはないかと考えるようになりました。

そこで、私は主に日本国内での活動ではありますが、「トルンが伝えてきた音楽の伝承に協力するとともに、現代の音楽文化との調和を考えた新しい音楽作り」を目標に掲げ、その切り口の一つとして、昨秋より二名のジャズミュージシャンとトリオを組み、新しい形態でバンド活動を始めました。トルンにウッドベースとパーカッションを加えた、ベトナム現地にもないであろう異色なトリオです。トルンの更なる魅力や可能性を追求しながら、様々な分野で、幅広い世代の人たちに親しみや関心をもって頂けるような音楽作りを目指しています。

そこで今年は、104()に横浜赤レンガ倉庫一号館でこのトリオでの大きなライブを企画しました!これまで都内を中心に、各地で公演してまいりましたが、トルンのみならず「トルン&マリンバトリオライブ」としては、初の自主企画コンサートです。今年開150年という大きな節目であり、日本の代表的な国際港湾都市でもある横浜で、日本人にとって身近な素材である竹の楽器を入り口に、一人でも多くのかたにベトナム文化への興味を持って頂きたい、そんな思いも込めて、開催に至りました。また、来春、ベトナムから私の師匠を日本へお招きし、共演させて頂く企画も立てており、そういった今後の文化交流イベントにおいて、一つのステップにしたいという狙いもあります。

今回、初のオリジナル作品にも挑戦する予定です。御都合の宜しい方は是非是非遊びにいらして下さい!!赤レンガ倉庫でお買い物して、お茶して、夜はライブへGO!楽しいひとときをお約束します♪ 何卒宜しくお願い致します!!

☆詳細☆ 『トルン(ベトナム竹琴)&マリンバ トリオライブ!』

会場: 横浜赤レンガ倉庫一号館3Fホール

    open1730分、start18

    全席自由:3000円  

    チケット取り扱い:チケットぴあ〔Pコード:324126

出演:小栗久美子/トルン・マリンバ 

    菊田茂伸/ウッドベース

    岡山晃久/パーカッション

※「チケットぴあ」より発売中ですが、御購入の際手数料などかかってしまうと思いますで、ご連絡下されば、私からご郵送させて頂きます!Mail : flight935@hotmail.com (小栗久美子)

お問い合わせもお気軽にどうぞ!


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2009年7月4日土曜日

お便り-高野久紀(V99卒)

←写真:上段左から2人目がMr.Kono@India

20086月号の越南ネットで、2人のSuper Jetro Boysを紹介しました。経済学でいうIS-LM-BP曲線上を歩く男達(いや、IS-LM-BP曲線を動かす男達だったかな?)ってな感じで紹介しました。20093月号では、「なぜ、Harvard Business Reviewに遠藤君が載っているの?」というスクープを紹介しました。今回の寄稿者(Mr.高野)は、それらのキーワードに加え、マイクロクレジット(貧困者向け小額貸出)、HIV/AIDS問題を引っさげて、今回、越南ネットに登場です!

話は変わるけど、最近、私、軽いジョギングをするようにしています。ロンドンまで、あと3年しかないと他人には言っていますが、7月は健康診断があるので不安で溜まりません。このジョギングが継続できたらいいなぁ~と強く思っています。そんな折、刺激を貰おうと思って、「そうだ、大学時代の後輩にホノルルマラソンを走破した奴がいたなぁ~」と思い出し、そんな流れで高野君に越南ネットへの寄稿をお願い致しました。期待に反し、ホノルルマラソンのことは一切触れられていません。(後に聞く話では、3時間10分の完走ですって。) However、高野ストーリーには圧巻の一言。まぁ、私がツベコベ述べるよりも、是非とも彼からのお便りを読破して頂きたい。
読み終わる→末尾にYou Tubeリンクが貼られている→You Tube見ちゃう?→見ちゃう!→10分と思いきや45分見ちゃう→自分の中で化学反応が起きたことを感じる(続く・・・)。是非、皆さんの心の中で、どのような化学反応が起きるか試して頂きたい。参考までに、私の起きた化学反応は、「45分見ちゃう→興奮しまくる→24:30寝られない→そうだ、走ろう!と思った→いつもより速く長く走った→ゴールした時、新しい世界が見えた気がした→左足太もも後部肉離れ発生→本日休養5日目(全て事実)。 要するに、ローマは一日にして成らずってことです。高野氏も一日してならず。 ♪あと一歩だけぇ~前に~、進もぉ~♪by 竹山正人


<高野久紀(Kono Hisaki)さんからのお便り>
私がベトナムに関心を持ったのは、小学生の頃、ベトナムのボートピープルの特集をしていた24時間テレビ(だったかな?)を見てからでした。 まだ小さかった私は、24時間テレビで歌手が途上国に行って子供たちを前に歌を歌って「心のふれあい」みたいなのをしている姿を見て、貧困で苦しんでいる子どもたちの心を慰められる歌手になりたいと思っていました。 ついでに、第二志望は外大時代の同級生の小山くんのお父さんがやっているような途上国でのNGO活動でした。
高校には高校野球をやるために行き、大学には行くつもりはありませんでした。 しかし、高3の春に、進研ゼミかどこかからダイレクトメールが届き、東京外大の在学生の記事が載っていました。 「アジアやアフリカなどさまざまな国の言語を学べるのはここくらい」とあり、大学でそんなことも学べるんだと衝撃を受けました。 「歌手になって途上国に行って歌うにしても、NGOなどで途上国に行って援助事業をするにしても、言葉がわからなければ人々と交流ができないし、人々と会話ができなければ、彼らの抱えている問題も分からないじゃないか」と思って、小さい頃から関心を持っていたベトナム語を学ぼうと東京外大を目指すことにしました。
めでたく大学には入ったものの、つい、入学手続きの日に野球部の練習に参加して、入学前に野球部に入部することになってしまい、大学生活の大半は野球漬けで過ごすことになってしまいました。 今では、大学生のNGO活動も盛んで、国際協力のNGOに入っている学生もたくさんいますが、当時(1995年入学)は、そのようなNGO活動も(少なくとも東京外大では)なく、言葉は勉強しているけれど、実際何ができるかは依然として模索中で、結局野球に打ち込むという大学生活が続いていました。
そんな私に転機が訪れたのは、大学3年の春の自転車で家に帰る途中でした。言葉がわからなければ話にならないと思って言葉を学んではみたものの、言葉はあくまでコミュニケーションの手段で、コミュニケーションができるようになったからといって自分自身が何か彼らの役に立つスキルなり能力なりをもっていなければ、結局は彼らの問題も解決できないということを痛切に感じ、将来、何をしたらいいのかと悩んでいた時でした。 自転車をこぎながら、ふと、外交官がいいんじゃないかと頭をよぎりました。 「ベトナムのボートピープルにしても、カンボジアやアフリカの内戦にしても、政治が問題で人々が苦しみを味わっている」と思い、大学3年の春で野球を卒業し、外交官試験の準備に打ち込むことにしました。
東京外大でも、外交官を目指す人たちが一緒に勉強会を行っていました。 外交官の試験は、専門試験として憲法と経済学と国際関係の論述試験があり、毎週一回、過去の論述試験を解くということをやっていました。毎週の答案を作るために、憲法や経済学や国際関係の教科書をあれこれ読みあさり、大学受験なんかよりはるかに真剣に勉強しました。
外交官試験の勉強を進めていく途中で、次第に経済学に対する興味が強まり、一方で外交官としての可能性にやや疑問を持ち始めてきました。「ボートピープルや内戦、貧困の問題を一外交官がどうにかできるのだろうか。アメリカの国務長官でさえ限られた問題しか解決できていないし、そもそもその国の政治に対して口を出したら内政干渉なんじゃないか。 パスポートを無くした人の手続きとかもやらないといけないし。。。」と思うようになり、「外交官や政治は、内戦やめろとか国境問題がどうのとか、相手の政府に妥協を求める仕事がほとんどだけど、経済学だったら、こうしたら国が発展しますよ、貧困が削減できますよ、とポジティブなアドバイスができるので、相手も受け入れやすく、もっと力があるんじゃないか」と考えて、外交官はやめて、大学院で経済学を学ぶことにしました。
東大の大学院では、ミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学のコースワークをこなしつつ、開発経済学の勉強をしました。 コースワークでは数学的な知識が非常に多く必要とされ、最初はかなり悪戦苦闘し、本当にこんな数学を学ぶことが経済開発を研究するために重要なのかとも思いました。 大学院でコースワークをこなし、経済学の知識がついてくると(+シンクタンクから出向してきた人の話を聞いていると)、ナントカ総研など国内のシンクタンクが行っている経済分析がかなりいい加減なことに気づくようになり、博士課程に進んでもっと勉強することにしました。
博士課程で経済学を研究し、いろいろな論文を読み、また自分でも論文を書くようになってくると、「このまま数学モデルの構築や途上国の家計調査の分析を行っていて、本当に貧困削減に役立つようなことができるのだろうか、援助機関やNGOで実際に援助をしたり、民間企業に行って途上国でのプロジェクトを行っていく方が、貧困削減に役立つのではないか?」とも考えるようになりました。 経済開発や貧困削減について研究していながら、現実がどうなっているのか、その体験がなかったので、文科省のプログラムを使って、2年間ベトナムに滞在することにしました。 外大のベトナム語科に行っていながら、野球と外交官試験と大学院試験と大学院準備であまり時間がなかったこともあり、実はこの時までにベトナムには1回しか行ったことがありませんでした。
ベトナムでは、語学の勉強をしつつ、あれこれ研究テーマについて考えていましたが、なかなかこれといったものが浮かびませんでした。 物売りの調査をしたりもしてみましたが、結局、教育が大事だとか社会的関係も大事だとか、ほかの人が既に論文に書いている以上のことはなかなか浮かんできませんでした。 そんなこんなで、ベトナム滞在中はたいした研究もできなかったのですが、研究が進歩するようになったのは、ベトナムから帰ってきて、再びそれまでのように最新の論文をあれこれ読むようになってからでした。 ベトナムでの経験があったので、最新の研究の妥当性についてもイメージがしやすくなり、その研究のさらに先を行くにはどういう調査をしたらいいのかも、だんだんわかってくるようになりました。 現実だけ見ていても他の人がすでに考え付いたようなことしか浮かんできませんが、現実を知った上でいろいろと最新の研究をインプットしたり、最新の研究をインプットして現実を見ていくと新しい研究の方向性が見えてきます。
いろいろと研究の方向性が見えてくるにつれ、以前、「このまま数学モデルの構築や途上国の家計調査の分析を行っていて、本当に貧困削減に役立つようなことができるのだろうか、援助機関やNGOで実際に援助をしたり、民間企業に行って途上国でのプロジェクトを行っていく方が貧困削減に役立つのではないか?」と考えていたことも、結局は、言い訳を作っていたにすぎなかったと分かるようになりました。 経済学の研究が途上国開発に役立たないのではなく、自分の研究のレベルがそこまで到達していないので途上国開発に役立たないのだと。 そして新しくモチベーションを得て、研究を進め、国際的な専門雑誌にも論文を載せて、博士号も取り、アジア経済研究所という研究機関に就職しました。
現在は、貧困層向けの少額貸出(マイクロクレジット)や貧困層向けの少額保険(マイクロ保険)、HIV/AIDS問題について研究しています。 近年、開発経済学の分野では、Randomized Field Experiment というものが盛んになっています。 これは、ある政策が本当に効果があるのか、どれだけ効果があるのか、あるいは、ある政策に対して人々がどう反応するのか、その結果として経済にどういう影響があるのかを検証するためのツールで、原理としては、ある政策を行う対象をランダムに決めて、政策が行われたグループと行われなかったグループの違いを見るというものなのですが、世界銀行でも多くのプロジェクトでこれを組み込むようになってきています。 この手法を使って、マイクロ保険ではインドのNGOと、HIV/AIDS問題については南アフリカの日系企業と協力して、財政基盤を維持しつつマイクロ保険を普及させるための方策、および、HIVの感染率抑制、HIV検査率の向上を促すための方策について研究しています。
研究の良いところは、それによって背後にあるメカニズムを明らかにし、他の国や地域にとっても有用な知識を生み出せることです。 NGOや企業では、実際に自分が活動している地域の人々しか対象にできませんが、研究によって新たな知識を生み出したり、それまで常識と思われていた考えを打ち破ることによって、世界全体での貧困削減や経済開発に貢献することができます。 来年からは、おそらく2年間Harvardに滞在して研究を続けることになりますが、現実の貧困問題に対して実際にインパクトを与えられるような研究成果が生み出せるよう、がんばっていきたいと思います。
最後に、いつも疲れた時に見ている、MITの日本人教授を取り上げたNHKの「プロフェッショナル~仕事の流儀」の動画を紹介させていただきます。

仕事の流儀(石井裕教授@MIT) ⇒⇒⇒



お便り-平出江美(V02卒)


写真:著名な歴史学者Le Van Lan先生をインタビューする平出さん

200972日(木)、編集部デスクに一通のE-mailが届く。越南ネット原稿締切まで残すは48時間(結構あるねぇ~、結構てきとぉー)。編集部に走る緊張感。「編集長、原稿が間に合いません!」「バカ野郎!最後まで諦めるな!」と一人芝居を終え、今回は、NHKに勤務する平出江美さん(V02卒)とのEメール交換を元に、竹山が平出さんのこと&平出さん手掛ける番組の紹介をさせて頂きます。始まりは、平出さんから届いた一通のE-mailからでした。

まず、左上の写真。平出さんは、20089月から半年間、NHK派遣制度を利用してベトナム研修に行かれています。ベトナムのメディア事情を学ぶ目的で、VOV the Voice of VN , VTV, VNAベトナム通信社、HTVなどを訪問し、貴重な経験をされてきました。その時のワンショットが左上の写真となるわけだが、実は、ベト科先輩の新妻さんらハノイの日本人同志が開いた写真展を紹介するロケの模様なのです。つながってるね。
彼女は、NHK国際放送局で働いています。手掛ける番組は、NHK国際 “Radio Japan”ですが、その番組にはディレクターという立場でガチンコ勝負しているのです。番組の提案、取材、編集、収録などを行い、ベトナム向け番組だけでなく、18言語向けの共通番組も手掛けているのです。この”Radio Japan”は、18言語で日本のニュースや文化を世界に発信しているのです。また、海外で活躍する日本人を初め、日本の最新技術、日本の音楽など、日本に関する内容ならば扱うという全包囲網の戦略を取っています。対象視聴者はベトナムにいるベトナム人ですが、インターネット放送も併設していることからアメリカや日本からのアクセスも多いようです。
国際放送というと、BBCCNNを筆頭に、NHKは出遅れている感があります。昨今では、中国のCCTVはじめ、アジア各国が国をあげて力を入れてきているようです。NHKは、財政的、人員の面で他国と比較して見劣るのが実情の中、徐々に改革を進めていく計画で、そのダイナミックな動きの中で、彼女のディレクター奮闘記を今後も応援していきたいですね。
さて、ここに面白い話ですが、ベトナム語放送だけでいうと40年以上も前の1961年には放送が開始されているそうです。そのNHKベトナム語放送は、ベト科なしでは語れない縁の深い関係にあります。アルバイトはベト科の学生が歴代引き継ぎ、今も脈々と続いているそうです。(私には、そんな話は全く無かったですが・・・)。 極秘筋によると、今井先生も学生時代にアルバイトされていて、その時、作成した資料が今も残っているそうです。チャイン先生もアナウンサーとして登場されていた時期もあったそうです。
そんな我らのNHK、そして、平出さんが手掛けるRadio Japanの番組として、72日(木)に小栗久美子さん(V02卒)を特集しています。トルン奏者として御活躍の彼女のトルンへの熱い思いを纏めたものです。インターネットでの視聴は79日(木)まで可能です。それ以降ですと、新しい番組と切り替わってしまいます。とにかく、下記リンクをクリックし、トルンの音色、いきなり始まるベトナム語のナレーションをお楽しみ下さい。とにかく、クリック&受信料支払ね(NHK受信料未納の方は)!

NHK Radio Japan(ベトナム語のPage) ⇒⇒⇒
NHK Radio Japan (18カ国のトップPage)  ⇒⇒⇒


PS : 越南ネットは、NHK Radio Japanと方務的提携を結び、メディアとしての質を高めるぞ!と一方的なコミットメントを宣言しました。よって、越南ネット左側ピラーにRadio Japanのリンク先を貼付致しました。



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